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新珠三千代の日傘

日比谷のコンコースを歩いていると壁に手形が並んでいるのを見つけた。往年の銀幕スターの名前が並んでいる。なぜスターは手形を取られるのだろう。そんな疑問もよそにフランキー堺はいかにもフランキー堺という手をしているし、植木等は植木等の、高峰秀子は高峰秀子の手をしているなぁとなんだか見入ってしまう。手形は彼らが映画の中で見せる存在感とは別の仕方で生々しくその存在を伝えている。動いている姿を映像で見るよりも、ほんとうにこの世に存在していたんだという実在感がある。
そのなかに新珠三千代の名前を見つけた。「しんじゅ」ではなく「あらたま」という響きは、どこか「しんじゅ」よりも真珠らしさを感じるし、成瀬巳喜男の映画『女の中にいる他人』で愛人を殺してしまった秘密を抱えた小林桂樹の妻の役が印象的で名前を覚えていたのだった。
映画は、冒頭から梅雨の季節のじめじめとしたいやな天気が続く。小林桂樹と友人の三橋達也は会社からの帰宅途中に雨に打たれ、行きつけの店へと駆け込む。濡れた背広から雨の冷たさが伝わってくるようだ。自身が犯した罪がいつ明るみにされるかわからない不安と良心の呵責に耐える様子は、そんな天気と相まって、見ていて息が苦しくなる。
映画の中盤、精神を病みだんだんと衰弱してくる小林桂樹は療養のため温泉地へ向かうが、一人でいることにも耐えかね、旅先から妻を呼び出し、ひさしぶりに夫婦水入らずの時間を楽しむ。カラッとした快晴のもと、初夏の日差しに照らされた新珠三千代が楽しそうにぴょんぴょんと渓流の岩場を駆けるすがたは、陰鬱な雨のシーンの多い劇中において、いっそうの美しさを湛えている。
さらにこのシーンのコントラストを際立たせている理由がもうひとつある。冒頭で傘を持たず雨に打たれた小林桂樹とは対照的に、新珠三千代は日傘を差すのだ。

須賀敦子は、テオ・アンゲロプロスの映画『シテール島への船出』で、雨のなか走り行く男たちのなかに死別した夫を見るような気がした。

港まつりの準備に、雨の中を外に呼び出される。先頭の男がまず、ドアをあけてそとに飛び出す。傘はもってない。それで、顔をちょっとうつむけて、首をすくめ、まず背広のえりを立ててから、両手で上着の前をきっちりと合わせて、走り出す。それを見た瞬間、私は、ああ、あの走り方は知っている、と思った。

続けて「そういえば、イタリアで暮らすようになって、ひとつ、びっくりしたことがあった。学生をふくめて、生活がぎりぎりという階級の男たちが傘をもってないのだ」とあるが、日本は他国にくらべ雨が降ると傘を差す習慣が根付いているらしい。小学校低学年のころ、下校時間に雨が降り出し、置き傘(学校に置いておく傘)を持って傘を差そうとしたら、置きっぱなしで使っていなかったあいだに骨を繰り出す機構が錆で固着し開かず、どうしようもなくて雨に打たれながら帰ったことがあった。なんだかすこし大人になった気分がしたが、そんな自己憐憫に似た感情の動きが傘を差さない彼らのなかにはあったのだろうか。
新珠三千代の日傘は、そんな男たちの憐みとは無関係に、夏の光によって強調され、ほとんど発光しているかのような輝きをもってフィルムのなかに存在している。


引用文献:
『トリエステの坂道』須賀敦子 新潮文庫